学校の脇の図書館

「先生さようなら、みなさんさようなら」
 今、いつもの帰りのあいさつが終わると、クラスのみんなは帰りのしたくを始めた。ぼくもそんな彼らに交じって、いや、彼ら以上にぼくは必死に急いで帰り のしたくをしていた。ぼくは大急ぎで交通安全の黄色い帽子をかぶり、金曜日に家に持ち帰らなければならない体操着袋のひもを持ち、ランドセルを背負った。 いつも毎日やっていることだけど、そのときの一つ一つのしぐさが、その時のぼくにはものすごくもどかしかった。


帰りのしたくが終わると、もう一人の文庫係の子にぼくは「今日は入院しているおばあちゃんに見舞いにお母さんと出かけ るから急いで帰らなければならないんだ。お願い、学級文庫の整理を頼むよ」と本当の目的を知られないように5限目の授業中ずっと考え続けてきたウソを早口 で言った。本当ならば今日は学級文庫の本の整理の日で、文庫係のぼくには放課後もその仕事をしなければいけなかった。いつもならば、ぼくは本は好きだから進んでやるけど、今日はできそうもなかった。ぼくは一刻もこの小学校の校門のすぐ隣にある穴実市立図書館に行かなければならなかったんだ。この前この子に似たようなことを頼まれて放課後一人で学級文庫の整理をしたから大丈夫だろう。

そう言い終わると、ぼくは大急ぎ でおしゃべりをしながらわさわさと教室を出始めたクラスのみんなの間をさっと通り抜けて教室の出口へ向かった。ぼくがあまりにも急いでいたのでひもだけを 手にしていた体操着袋の直撃を受けて、振り返った子もいたけど、「ごめん」とあやまったらそれきりだった。「なに急いでいるの」と聞いてきた子もいたけ ど、「ちょっと・・・」と言ったら、それ以上聞いてこなかった。

 

 ぼくの通う穴実小学校のきまりではいくつかの施設をのぞいて下校時の寄り道は禁止されていた。しかも、この決まりは学年が下になるほど厳しくて、小2のぼくにとって小学 校の隣の穴実市立図書館はほとんど唯一といっていい例外となる施設だった。

でもここ穴実小学校は統合されてから時間が経っていないために校内の図書室には本が少な かった。特に低学年用の本は少なくて、三年生になるまでクラス備え付けの学級文庫しか本を借りることができない決まりだったために、それでは満足で きない低学年の本好きの子たちのために下校時に図書館に立ち寄っていくことが特別に許されていた。

ぼくも、好きな科学の本がクラスの学級文庫にほとんどないので、友だちとの約束がない日や本好きの友だちと帰る日など週に1~2回は本を借りるために、この市立図書館に寄っていくことがあった。

確かに今日のぼくのランドセルの中には今日が返却期限の「宇宙旅行のひみつ」が入っていた。でも本当の急ぐ目的は本を返すことじゃなくて、うんこだった。ぼく市立図書館でうんこがしたかったんだ。

 

 ぼくはいつもは毎日夕ご飯を食べてからうんこするけど、きのうの夜は山奥で農業をやっている「山のおじいちゃん」がトラックで持ってきたおいしいとうもろこしを食べながら「宇宙の誕生を探る」という教育テレビのドキュメンタリー番組に熱中して、ついうんこするのを忘れていた。今日の朝も、朝は普通うんこしないし、寝坊してしまって大急ぎで朝ごはんを食べ学校に行く支度をしていたから、前の日の夜、していなかったことなんか、ぼくは忘れていた。
そんなうんこのことをぼくのおなかが思い出したのは、ついさっきの4限目の国語の授業中だった、毎週金曜日のその時間は、授業の最後に学級文庫の本を借し出すことになっていた。貸し出すときは文庫係のぼくが貸出しノートに貸し出す本と本の番号と名前を書くことになっているけど、そのとき二つ前の席の越待(えつじ)くんは絵本「からだのしくみ」を「これ貸して」と持ってきた。ぼくは「うん、越待くんいいよ」といって本を受け取って貸出ノートに書こうとしたときに、突然ぼくのおなかが痛くなった。昨日からずっと忘れていたおなかの中のうんこが動き出 したんだ。まさか、学校でうんこがしたくなるなんて・・・それは入学以来初めてのことだった。

そのとき、ぼくの頭は不意にそのちょっと前にクラスで流行した「学級うんこ」を思い出した。まず、友だちのくちびるの両端を左右両方の人差指で広げさせて、「がっきゅうぶんこ」と言わせる。するとどうしても「がっきゅううんこ」と聞こえてしまう遊びだった。この遊びを友だちにやらせてみんな笑っていたけど、ぼくも、おかしくてつい笑った。何よりも「学級」と「うんこ」の組み合わせが笑いたいぐらいあり得ないことだった。入学以来、学校でしたくなったことがなかったので、自分は学校でうんこするなんて考えても見なかった。ただ学校のトイレでするだけでもみんなに見られているようで恥ずかしいのに、「学級うんこ」はわざわざ教室にいるみんなの前でうんこするみたいで、その光景はものすごく恥ずかしくておかしかった。

ぼくはこのまま「学級うんこ」してはいけない!と思い切りおしりの穴を閉めた。そのときはうんこも奥の方へ引っ込んでおとなしくなった。ぼくはほっとした。

でも、四限の次の給食の時間のジャンケンに勝って今日休んだ子の分の牛乳を飲み、昼休みで友だちと体育館で鬼ごっこを始めたあたりから、うんこは急にきつくなってきて、ぼくのおしりの穴に迫ってきた。ぼくはもうこれ以上鬼ごっこを続けることはできなかった。ぼくは「先に教室に戻る」と言って鬼ごっこを抜けた。そして「学級うんこ」でももらすよりはましだと、仕方なくぼく体育館と校舎の渡り廊下を通って、階段のすぐわきのトイレに入ろうとした。

でも、トイレの戸を少し開けると、中から「うわーきったねえ!クソが出ている!」とか「開けろよ!」という声とドンドンドアを叩く音が聞こえてきた。こっそり中をのぞくと、個室のドアが閉まっていた。そして、その中で誰かがうんこしているところを、3年生の子が何人かでドアを叩いたり下の隙間からのぞいたりして囃し立てている最中だった。一歩間違えば、ぼくも個室の中にいる子と同じ運命が待っていたかもしれなかった。やはり、うんこできなかった。ぼくは家までガマンする覚悟を決めた。3年生の子たちは、戸を開けたぼくに気付くと「こいつうんこしているぜ、面白いからお前ものぞいてみろよ」と呼びかけた。でも、ぼくは彼らに返事することなく戸をそっと占めて閉めて上の階の教室に戻った。

そして、ぼくが席をつくと間もなくチャイムが鳴って5限の授業が始まった。今日は5限でおしまいで後は終わりの会をやって家に帰るだけだけど、もううんこはおしりの穴の入り口まで迫っていて、この授業はただ座っているだけだからなんとか乗り切れても、30分以上かかる家まで歩いている最中はどうしてもガマンできそうもなかった。授業の先生の話なんか、そっちのけで、ぼくは学校を出てから家に着く前にどこでうんこするかということばかり考えていた。

ぼくが穴実小学校に通う通学路には、ぼくが大人になる頃にはコンビニとかスーパーが建てられたけど、そのころは普通の古い民家や昔ながらの商店しかなく、寄ってトイレを借りることは難しかった。ただ途中に児童公園が一つだけあって、そこに公衆便所はあることはあった。でも、その近くに幼稚園からの友だちが住んでいて、よく遊びに行くのでぼくはそこのようすを知っていたので使いたくなかった。

おしっこする方がただのコンクリートの溝になっていて、いつもアンモニアの臭いがする汲み取り式だった。遊んでいる最中おしっこするだけなら、その程度は平気だけど、問題はうんこを個室の方だった。便器から立ち込めてくるニオイはおしっこのする方のアンモニアの臭いも混じって、特に夏になると、公衆便所の中はもちろんちょっと離れて遊んでいても目にしみるほど臭かった。
ぼくはその公園でおしっこをするたびに、こんなところ使う人いるのかなと気になって個室をのぞくけど、出したものがそのまま溜まっているのが見える暗い穴のふちは、本当にぎりぎりで駆け込んできた人がよく使っている感じの汚れ方をしていて、のぞくたびぼくは吐き気がした。おまけに個室のコンクリート壁には気持ち悪い落書きがいっぱい書かれていて、備え付けの紙もなかった。しかも悪いことにぼくもその日ちり紙を忘れてきていた。もちろん児童公園は通学路わきなので、下校途中の子たちにうんこ中なのが見つかるキケンだってあった。

 

かといって、途中は本当に民家や商店ばかりなので、「山のおじいちゃん」といっしょに住んでいるいとこが徒歩で1時間以上もかかる通学の途中でうんこがどうしても間に合わなくなった友だちのことを面白おかしく話していたように、こっそりと隠れて用を足せる林や野原もなかった(仮にそういう場所があっても、ぼくは外でする勇気はなかったけど)。

そのとき、ぼくは市立図書館から借りていた「宇宙旅行のひみつ」がランドセルの中に入っていて、今日が返す日だったことを思い出した。そうだ、穴実市立図書館のトイレなら、ぼくはうんこできるかもしれなかった。

 

穴実小学校の校門を出てすぐに脇にある穴実市立図書館は10数年前にできたらしい古い木造モルタル塗りの建築物だったが、トイレは玄関に入って本を読む閲覧室と反対側にある薄暗い廊下の一番奥にあった。そのトイレはぼくの住んでいた穴実市ではこの小学校のほかには市役所や公民館みたいな公共施設以外ではまず目にすることがない水洗式だった。同じく数年前にできたばかりの穴実小学校のトイレほど新しくはなかったけど掃除は行き届いていていつもきれいで、においも少しおしっこのにおいと消臭剤のにおいがするだけだった。もちろん紙が備え付けられていた。しかも紙は当時の普通の家のように黒ちり紙の束でなくて白いロールの トイレットペーパーだった。

そこに行くと、中にズボンやパンツが脱いであったり、個室の出入りをそのまま目撃したりと、いろい ろな学年の子たちがそこでうんこしている場面によく遭遇した。彼らもぼくみたいに下校時までうんこ をがまんして、市立図書館に駆け込んでくるみたいだった。いわば穴実市立図書館は、学校ではうんこできないけど家まで我慢できない穴実小の子たちにとって緊急避難所みたいな場所になっていた。

というのも、ぼくの穴実小でも男子が校内のトイレでうんこすれば、は下からのぞかれたりドアを叩かれたり、トイレから帰ってきた後もしばらくは「うんこもらし」とからかわれる運命が待っていた、でも、穴実市立図書館のトイレでうんこする子は決してからかってはいけないというのが、ぼくたち2年生だけでなく、1年生から6年生まで穴見小の男子児童の共通のオキテとしてあったんだ。

 

 先日も何人かのクラスの友だちと下校時に市立図書館に寄ったとき、その中の一人の雲地(くもじ)くんが玄関の棚に大急ぎでランドセルを置くと、突然重く 沈んだ表情をしてぼくたちをじっと見ながら「みんな待ってて、うんこしてくる。ホントは学校で一日中ずっとがまんしていたんだよ! 腹、いて~んだよ」と叫んだ。

ぼくたちは「うん、ここで待っているから、はやくしてこいよ」と返事するだけだった。さらに雲地くんは「みんな本当にここで待っててよ、ついてこないでよ、ホントだよ!」と訴えるように念を押すと、本当にぎりぎりだったみたいでおなかを抱えながら薄暗い廊下の奥にあるト イレに向って半ズボンのおしりをゆらゆ らと揺らしながらトイレを目指して走って行った。それでも、こちらが気になるのか走りながら雲地くんがちらちらとぼくたちを振り返るのが見えた。やがて、トイレの戸がガラガラ閉まる音が聞こえて彼がその中に消えると個室のドアがバタンとしまる音が聞こえた。

それが聞こえるとぼくたちは何も言わずに顔を見合わせた。ぼくたちの思いはみんな同じで「あいつ、今ごろうんこ中!」だった。こうしてぼくたちが立って雲地くんの帰りを待っている間に彼は薄暗い廊下のずっと奥のトイレの便器にしゃがんでうんこしているんだ。その光景を想像するだけでぼくは胸がドキドキしてなんだかコーフンした。

仮に穴実小の校内でそういう雲地くんみたいな告白をしてうんこに行けば、みんなためらうことなく彼のあとをこっそり付けて行って、ドアを叩いたりドアの下から 覗いたりしてからかうところだった。できれば、ぼくとしても格好のターゲットが現れた以上ここでもそれをやってみたかった。特に、その中の一人で、前に一度学校のトイレででうんこしているところを雲地くんに見つかってのぞかれた久素(ひさもと)くんにとっては今回は絶好の仕返しのチャンスだった。でも、穴実市立図書館が、ぼくたち穴実小の男子児童にとって「大人の場所」である以上、それは不可能だった。だから雲地くんは確信犯でみんなの見てる前でうんこに行ったんだ。

ぼくたちにとって穴実市立図書館のトイレは、デパートやスーパーや市立体育館のトイレと同じ「大人の場所」だった。たとえば、デパートのトイレに行ったとき、よその小学校の知らない子が個室に入っていったとする。でも、そこは当然「大人の場所」で大人の目が光っているから学校のようにいたずらできなかった。そんな場所でそんないたずらをしているのがが大人に見つかったら、こっぴどく怒られるに決まっていた。それと同様に穴見市立図書館のトイレも大人の目が光っているから「大人の場所」だったんだ。

 

やがて水が流れる音が聞こえると、服の裾を直したりベルトを締めたりししながらトイレから雲地くんが出てくるのが見えた。彼はそれまでとは打って変わった晴れやかな表情で、「うんこじゃないよおしっこだよ、おしっこしただけで腹が痛いのがなおったよ」と言い訳しつつ悠然とぼくたちに向かって歩いてきた。

でも、それはウソだった。ぼくは、雲地くんが戻ってきてから、どうしても気になってすぐトイレに行ったけど、彼の入っていたらしい個室はうんこは流れていたのに、残っているニオイはものすごく臭かった。雲地くんはよほど大量のうんこをしたんだろう・・・。

 

そのときは雲地くんだったけど、今度はぼくの番だった。5限の授業の終わり頃には、もうぼくは本当にその時の雲地くんのように市立図書館の薄暗い廊下をトイレに向かって思い切り走ることしか考えていなかった。いくら市立図書館でも家以外のうんこだからかなり恥ずかしかったけど、今のぼくにはそれしかラクになる方法はなかった。

 

そして教室から廊下に出るとぼくの2年1組は2階の一番端の校舎ということもあって、後ろの方からおしゃ べりは聞こえてくるけど帰りの会は終わったばかりなので誰も歩いていなかった。ぼくはすぐそばの階段を駆け下りて玄関へ向かった。

息切れしながら玄関の靴箱から靴を出して上履きを履き替えると、先生の自動車の駐車場以外は砂利が敷き詰められた校庭をぼくはさらに走った。ランドセルを背負い体操着を持ちながら走るのはけっこう大変だった。ランドセルは背中でゆらゆら揺れるし、体操着も数回うっかり手を離れて地面にころがり、ほこりがちょっとついた。風を切って交通安全の黄色い帽子も数回飛びそうになって思わず押さえずにはいられなかった。おまけに梅雨が明けたばかりの真夏の太陽がぼくをきびしく照らして、帽子から服から下着まで体じゅう噴き出す汗でぐっしょり濡れていた。でも、ぼくが目指していた穴見市立図書館はもうすぐだった。道を右を曲がればもう構内で駐車場だった。ぼくは市立図書館の玄関に向かってひたすら走った。

 

穴見市立図書館の玄関に着くと目の前に靴箱と子ども用と大人用に分けられて館内用のスリッパが無造作に投げ込まれている二つの大きな段ボール箱と、その更に奥には小学生はランドセルが置いてもいいロッカーがあった。そのロッカーにはまだ一つもランドセルは置いてなかった。いくら市立図書館でもこれからうんこするのに小学生が他にいないのはラッキーだった

 ぼくはまず靴を脱ぎ、大きな段ボール箱から「あなみしりつとしょかん」と金色のひらがなで文字が入っていた緑色の小さな子ども用スリッパに履き替えると、さっそ くロッカーにそれまでうっとうしかったランドセルと体操着袋と交通安全の黄色い帽子を投げ込むように置いて、それまで走ってきたのではあはあと息を付くと やっとぼくは身軽になれた。

玄関から入ると右のほうに図書閲覧室に入るガラス戸があって、まず「宇宙旅行のひみつ」を返すならばそちらの方に向かうはずだった。ガラス戸の向こう側の図書閲覧室は司書のお姉さんが図書の貸出や返却に応じるカウンターとそのまんなかに誰でも腰掛けて備え付けの雑誌や雑誌を読める一画があった。そこには冬になると暖房用の大きな石油ストーブが備え付けられるが、夏休みも近づいていた今は片付けられて大きな空きになっていて、その代わり、もう夏休みも近く、梅雨もかなり早く明けたために冷房が入るようになっていた。
そして、それをはさんで絵本や児童書だけ置いてあと小さな腰掛けや机が置いてある「子どもの場所」と一般書の書棚や学習用の大きな机や座って読むためのちょっとした椅子が置かれた「大人の場所」があった。この図書閲覧室の「大人の場所」に比べたら「子どもの場所」はずっと小さくて半分もなさそうだったけど、「子どもの場所」も教室のすみっこにある学級文庫はもちろん学校の図書室にくらべてもずっと読みきれないほどたくさんの本があった。

「子どもの場所」と「大人の場所」との境界には直進できないように互い違いに白いロープが二本貼ってあって、そこを通り抜けないと入れないようになっていた。その入口には「ここからさきにはいるには、おとなといっしょか、かうんたーのししょのおにいさん、おねえさんにいってね  あなみしりつとしょかん」と書かれた紙が貼ってあるついたてが立っていた。つまり白いロープは子どもたちが勝手に入らないようにするためのものだった。
このロープから先の「大人の場所」の書棚は、小学生は高学年にならないと、自由に子どもだけでは入ることはできなかった。実際、そのロープで区切られた境界にはいつもすぐ近くのカウンターの司書のお兄さんやお姉さんの目が光っていた。
ぼくは一度「こどもの場所」でふざけて走り回っている一年生たちがロープの先に入ろうとしたのを見たことがあった。すると司書のお姉さんがたちまちカウンターから出てきて、一年生の腕をつかみ「ここから先は入っちゃダメ」と止められた。

それでも宿題の調査なんかで「大人の場所」にある本が必要な場合は親といっしょに行くか、カウンターにいる司書のお兄さんお姉さんにあらかじめ探す本を伝えると、いっしょに本を探してもらえることになっていた。ぼくも一人で市立図書館に寄ったときは、司書のお兄さんお姉さんに「大人の場所」にある本を探してもらうこともあった。といっても、ぼくの読みたかったのは字がいっぱい詰まったような本当の大人向けの本でなくて、図鑑だった。親と来たときぼくはそこに昆虫や動物や星や人体や自動車など、学校にはない大人向けの豪華な図鑑があることを知っていた。

カウンターで「宿題で大人の本のところにある図鑑を調べたいんですけど」と言うと、「どんなのがいいですか」と一年生の腕をつかんだのと同じ司書のお兄さ ん・お姉さんがぼくには親切に対応してくれた。おまけにぼく一人をその分野の本が置いてある書棚の前までわざわざ着いてきてくれた。田舎町で外食も遊園地も親がめったに連れてくれることのなかった小学生のぼくにとって見知らぬ誰かが何かをしてくれるというのはそれだけで珍しい体験だった。

そして司書のお兄さん・お姉さんにに連れられて白いロープの向こう側に入ると、いつも本の糊の甘いにおいと、ロープのすぐ近くの学習用の机に座っているおじさんのポマードやタバコの混じった香りがした。それがこの市立図書館の「大人の場所」のにおいだった。対して「子どもの場所」の方は、これは中学生ぐらいになって気づいたことだけど、いつも乳臭いにおいがした。


そこから先はたくさんの書棚が並んでいた。図鑑のあるところに行くにはそれらの書棚の間を通っていかなければならなかった。どの書棚も小2のぼくどころか、たいていの大人よりも背が高くて、上の方の本を取るためのいすがあちこちに置かれていた。たぶんぼくがそのいすに上がっても上の本なんか取れそうもなかった。書棚のどれもがぎっしりと本が隙間なく並べられていて、まるで小さなぼくを取り囲み見下ろしているかのようだった。
しかも書棚と書棚の間が余裕がある「子どもの場所」にくらべたら、「大人の場所」の書棚と書棚の間は大人だったら一人が歩くのがやっとの感じだった。もともと狭い場所が苦手なぼくは、きっと司書の人についてきてもらわずにぼく一人で入ったら、書棚がぼくを目掛けて倒れてきて閉じ込められそうな気がして、そこを通るのが怖かった。

そして司書の人と図鑑がある書棚の間を歩いていると、ガラス窓を通して更に奥の別棟で、1メートルもなさそうな短い渡り廊下で本棟の図書閲覧室とつながっている書庫室が見えた。書庫室は図書閲覧室よりずっと広くて、しかも学習用の机や椅子の類はなく、ただ書棚が並んでいるだけの部屋で、もちろん小学生は立ち入り禁止だった。ガラス窓を通して図書閲覧室さえこんなに読みきれないほどの本があるのに書庫にはまだこんなにたくさんの本があると思うとぼくは想像しただけで目まいがしてくるようだった。

目的の書棚につくと司書の人が「こういうのがいいの?」とぼくに図鑑を選んで手渡してくれた。手渡される図鑑はいつも大きくて子どもの手にはずっしりと重たかった。しかも、本を貸し出しの手続きをしないでロープの外に持ち出すのは禁止だったので「大人の場所」に置かれた大きな読書用のテーブルで大人たちに交じって読まなければならなかった。いすも本も大きくて漢字も難して読むのは大変だったけど、それを読むと、本当に間近で宇宙や星や珍しい昆虫や魚を見たような気がしてぼくは満足だった。

 

でも、そのときのぼくには図鑑よりうんこだったので。ぼくはためらうことなく反対方向の学習室やトイレへの長い通路がある左の棟のほうに向かった。

ただ、その一方でのどが乾いて仕方がなかったので、まず事務室の前に置いてある冷水機に口をつけて思いっきり水を飲んだ。そうしたらおなかがほんとうにきりきりと痛くなったので学習室と事務室の間にある薄暗い長い廊下に向かってまた走り始めた。これは最後の走りになるはずだった。トイレへ続く廊下は床は茶色い木の板張りで、壁は右も左も漆喰ばりで一切窓がなかった。いつも蛍光灯が付きっぱなしになっている図書閲覧室と違って電灯もついてなくて昼間でも薄暗かった。冷房もないのにひんやりとして、ものすごく奥まで伸びているように感じがした。その廊下の一番奥の行き止まりの「非常口」と書かれた緑色の大きな照明とその下のすりガラスの戸の白い輝きだけがこの廊下の明かりで、そのすぐ脇に「女子便所」と「男子便所」という室名札がやっと見えた。

この廊下の左側の壁一つ隔てた向こうには学習室があった。中学生になってからぼくもよくここで冷房を求めて勉強しに来たけど、学習室は玄関から左に進むと入り口があって一つだけあって講堂みたいに大きな部屋で、たくさんのテーブルが置かれ、後ろに巨大な冷房装置と小さなステージがあった。たまに、そこで子ども映画大会みたいな催し物があって小学 生のぼくでも入れるこ とがあるけど、ふだんは小学生以下の子どもは入るのは厳禁だった。

入り口には「学習室でおにいさんおねえさんが静か勉強しているので、小学生のみなさんは入らないでください。ろうかではしったりさわいだりふざけたりしないでください」とマジックペンで書かれた大きな紙が貼られていた。でも、その時点でうんこがもうぎりぎりのところまで来ていたぼくには、薄暗い廊下の向こうにやっと見えるトイレのしるしの室札はものすごく遠くに感じられて。ランドセルと体操着袋と交通安全の黄色い帽子をロッカーにおいて身軽になったぼくはそんな張り紙にかまわずにスリッパをはいた足でバタバタと音を立てながら走った。

ぼくが中学生になって、その学習室で勉強するようになったときも、多分そのときのぼくと同じようにもれそうでトイレに急ぐ小学生が走っていくときのスリッパをはいたパタパタという足音が、板一つ隔てただけの静かな学習室にけっこう響くのを耳にしたけど、小学生のぼくがそのとき走っていた足音もたぶん学習室にそんなふうにパタパタと響いたんだろうな。おまけに、ぼくは廊下を走りながら、今までうんこといっしょにがまんしていたおならを小さな音だけど、思わずぷっぷっと二発してしまった。お腹も痛くておならはもうがまんできなかった。

 ぼくは廊下の一番奥の男子トイレの戸をガラガラと開けた。そこは暗い廊下から一転して日が差し込むまぶしい場所だった。
 男子トイレは全体的に下の方はコンクリート打ちっぱなしだけど、上は真っ白い漆喰が塗られていた。右の方はその漆喰の壁に目に見える範囲全体に広がる大きなガラス窓が取り付けられていて、草むらになっている狭い空き地を隔ててすぐ近くの穴実小学校の体育館のトイレの窓が見えていた。その窓から差し込んでくる梅雨が明けたばかりの夏の強い日差しでぼくの体からまた汗が噴き出てきた。

奥は木製のドアの個室が二つあったがどれも閉まっていたけど、小学校のような普段開いてて使うときだけ内側から閉めるのと違ってデパートなんかによくある、いつもドアが閉まっていて内から鍵をかけるとノブの上の部分が「空き」から「使用中」に変わるタイプだった。個室のドアは青いペンキが塗られていたが、職員が塗ったのか塗り方にどこかむらがあり、ところどころ剥げていた。おまけに木のドアの下の方が腐っていて、 右のドアはかどがちょっと丸くなっていた。下に隙間がないからのぞかれる心配はなくて安心だけど、そうした古さがぼくには少し不気味だった。

右のガラス窓の下はおしっこするところだったけど、学校みたいな小便器はなくて、公衆便所によくあるような下が溝になっていてコンクリートの打ちっぱなしの壁に向かってするタイプだったが、黒い御影石の壁で三つに分かれていて、それぞれ蛇口が取り付けれていて、自分でまわして水を流す水洗式だった。あの児童公園の公衆便所のようなきついにおいはしなかった。

おしっこするところの反対の左側はコンクリートの打ちっぱなしの壁に大きな鏡と水道の蛇口と陶磁器製の洗面台が取り付けれていた。
優香は打ちっぱなしのコンクリートの土間で廊下より一段低くなっていた。戸の下に木製のすのこが置いてあって、この上で館内用のスリッパを脱いで、備え付けの竹の便所下駄に履き替えることになっていた。

 

スリッパを脱ぐと、ぼくはいつも家でするようにズボンとパンツをすのこの上で脱いだ。ぼくは下の方を全部脱がないとうんこができなかった。家でなく市立図書館というのがちすごく恥ずかしかったけど、半分下ろしてするとズボンとパンツを汚しそうで不安で仕方がなかった。それに何よりもいつもと違うことを試みる余裕はぼくにはもうなかった。

ぼくはズボンやパンツを脱いでいるとき、ぼくが司書の人といっしょに図鑑を借りるときに目にする「大人の場所」の読書用の大きなテーブルにいつもいる大人たちのことを思い出した。彼らはぼくがいつも近所や家などで目にする大人と違っていた。


ぼくの家は、田舎町の普通の小さな商店でお父さんもお母さんも朝から晩まで働いていた。お母さんは多少本が好きで店の定休日にぼくと妹を図書館を連れて行くことがあったけど、お父さんは週刊誌も含めて本なんかめったに読むことはなかった。友だちの親や親戚も、商店主でなければ農家か工場で働いているか、あるいは大工みたいな職人かのどれかで、朝から晩まで働いていて図書館はおろか本そのものにも無縁そうな大人ばかりだった。正月にもらったお年玉で買ったマンガ本を読んでいるだけで、年始のあいさつに来たおばさんが「●●ちゃん、難しそうな本が好きだね、将来きっと学者になるよ!」とお世辞を言ってくれるほどだった。

 

ぼくが小学校からの帰り道に立ち寄る市立図書館の「大人の場所」の読書用の大きなテーブルにいつもいる大人たちは、そんなぼくのまわりの大人たちとは別の世界にいるみたいな人たちだった。ぼくのまわりの大人たちがたいてい働いている平日の昼間に、彼らはただ新聞を読んで過ごしていたり、机の上に本を積み上げるだけでぼーっとしていたり、何か 隣の人とひそひそ話をしていたり、と思い思いのことをしているヘンな大人たちだった。昼間中からここにいる事情は具体的には知らないけれど、それぞれの理由をかかえてそこにいることは、子どものぼくにもわかったので、見て見ないふりをした。そんな大人たちも、おとなしく図鑑を読んでいる限り、読書用テーブルに座って本を読んでいるぼくのことなんかだれも気にしなかった。胸につけられた名札に書いてあるような「穴実小学校2年1組●●●●」ではなくて。そこにいるただのまだ小さな子どもとしてぼくを見ていた。


だからトイレのすのこの上でズボンとパンツを脱いでいても不思議と恥ずかしくなかった。一度休みの日で真昼中家でテレビを見ているときどうしてもうんこしたくなって、ズボンとパンツを脱いでトイレに行こうとしたとき、ちょうど家に遊びに来 たいつもおせっかいなおばさんに会ってしまい、「かっこいい!」とか「大胆!」とか散々からかわれたけど、ここの大人に会ってもからかわれそうもなかった。

確かに小学生の子もうんこするためにここのトイレに駆け込んでくるけど、ここでよくうんこしているのに出会うのは読書用のテーブルに座っている大人のほうだった。大人は子ども以上に朝きちんと家を出てくるときうんこしてくるか、うんこしたくなっても我慢するかして家の外のトイレではうんこしない と思っていたけど、それはぼくの思い違いであることが図書館に通うようになってからの大きな発見の一つだった。しかも、ぼくがおしっこをしているとたいてい目もあわせないように個室に駆け込んでくる小学生たちと違って、大人たちはぼくがじろじろ見ても、まるで気にしな いように堂々と個室に入り、そして出てきた。もちろんぼくみたいにパンツやズボンを全部脱いで個室に入る大人なんか一人もいなかった。


そんな大人たちの中でも一番気になったのは、いつ行っても背広姿で読書用テーブルにいる一人のおじいさんだった。白髪頭ををポマードできちんと固め、整えられたひげを伸ばし、当時のぼくでさえ市立図書館に場違いなと感じさせるほどきちんとした身なりをしたおじいさんだった。その後、ぼくが小学校を卒業して、ロープの向こうのテーブルに自由に出入りできるようになっても、少なくとも高校を卒業して市立図書館に通わなくなるまでは、行くたびにそのおじいさんは目にした記憶がある。どういう人でどういう人かついに知る機会がなかったけど、退職する前はどこかの学校の校長先生だとぼくは勝手に思っていた。いつも読書用テーブルにたくさんを本を積み上げ て、必死にそれを読んではノートをとっていた。しかも図書閲覧室の本だけは満足しないようで、奥の書庫室から本を抱えて出てくるのを目にすることも よくあった。
そのおじいさんもトイレで顔を合わせる機会がよくあった。おじいさんも自分がそこに入るのが当然のことのように個室に入っていくと、いつもうーんうーんと声を上げおならをたくさんし、そして汚い音を立てながらうんこをした。

でも、水を流す音が聞こえると、入る前とまったく変わらない背広を着たきちんとした身なりをしたまま出てきて、手を洗った。よく上着の後ろのすその一部だけがズボンを入れたまま個室から出てくるぼくたち小学生とは比べ物にならなかった。
そんな個室から出てくるおじいさんを見ながら、ぼくはあんな背広を着ながらズボンとパンツを半分下ろしただけで便器にしゃがんで、うんこやおしっこで背広をよく汚さないな、大人ってすごいなと本気で感心していた。ただ、そのおじいさんが出た後の個室は水が流されてもうんことポマードのにおいでものすごく臭かった。その臭さはぼくは決してこんな臭いうんこはしないという自信だけは持てるほどだった。
お母さんは、長いあいだお母さんのおじいさんの介護をやった経験をもとに、腸に住む細菌のせいで人間は年を取るごとにうんこが臭くなるといっていたけど、そのおじいさんの残していった臭いでぼくはその正しさが納得できた。

 

 そして、ズボンとパンツを脱いでくつした以外はおしりもおちんちんも丸出しという姿になったぼくは脇においてある小さな子ども用の木製の突っ掛けサンダルを履いた。そのつま先の部分に何か書いてあったので、すこし腰をかがめて見たらそこにはスリッパと同じようにマジックインキで「しりつとしょかん」と書いてあった。おしり丸出しになったぼくには「しりつとしょかん」の「しり」が妙に気になった。そして「くさむしり」とか「おしりあい」とか「ひとみしり」とか前に友だちとふざけて言い合った他の「しり」のつく言葉が次々と浮かんできて、ぼくは思わず吹き出しそうになったが、代わりにがまんしていたおならが思わずぶぶっと出てしまった。

うんこが出そうで、しかもおしりが裸だったから、おならは廊下を走っているときとくらべて音も大きく、ものすごく臭かった。トイレ中にニオイも音も広がったような気がした、でも気持ちがよくて、トイレには誰もいなかったのでかがんだ姿勢のまま、ちょっとおしりを突き出して続けて「おなら、ぷぅー」と言いながら2回おならをした。

でも3回目をしようとしておしりの穴を開いたら、その場で本物のうんこが出そうになったから、「もう出ちゃう!」とおしりの穴を急きょ閉めて大慌てで突っ掛けサンダルがコンクリートの床に当たるときのカンカンという音を響かせながら右側の個室に向かった。そのとき、肌色のものがちらりと映ったような気がした。ぼくのおしりのようだった。去年の夏、親戚と温泉に行ったときに風呂で年上のいとこにおしりにまだ青いあざがあるとからかわれたことがあったけど、そんなおしりが鏡に映ったと思うとすごく恥ずかしくて、ちょっぴりコーフンした。

個室の前に立つとぼくはドアの取っ手に手をかけた。取っ手は黄色い真鍮だがドアのノブみたいな回すものでなくて、飛び出していて手で引くもので、長い年月で錆びたか手垢がついたかしらないが真っ黒だった。取っ手の上にはスーパーのトイレによくある、内からカギをかけることで「空き」から「使用中」の表示に切り替わるものが付いていたが、「空き」と「使用中」の中間で止まっていて、分からないものになってしまっていた。ぼくは気になってズボンとパンツを脱いだすのこの方を振り返ったが、ぼくの脱いだ子ども用のスリッパしかなくて、個室の中には誰もいないことは頭で分かっていたが、ペンキで青色に塗りたくられた木のドアは開けると何だか誰かがいるような雰囲気がしてドキドキした。

でも、ぼくは思い切って取っ手を手にしてドアを開けた。当然のことだけど鍵はかかってなくて、ドアは何の抵抗もなく開いた。ドアが開くと、まるでセミの声がそこに閉じ込められていたかのようにぼくの耳に飛び込んで来て、地面のコンクリートに埋め込まれた普通の真っ白な水洗式のしゃがむ便器がぼくの足元ぐらいに現れた。

 

しゃがむ便器は金隠しが左向きで、しゃがむと頭が左におしりが右に向くように取り付けられていた。便器は個室内のちょうど正面にあるすりガラスの窓から差し込んでくる柔らかい日差しを反射してにぶく光っていて、その白い底はまるでぼくのこれからするうんこを待っていたかのようだった。誰もそこにしゃがんでいなくてよかった。窓のすりガラスの向こうのすぐそばの木でセミが鳴いているのが聞こえた、あけた途端ぼくの耳にセミの声が聞こえてきたのはそのせいみたいだった。
 
この個室には、細くて黒い鎖のようなものがぶら下がっているのを以前から知っていた。それは上の木製のタンクにつながっていた。テレビのお笑い番組に出てくる引っ張ると天井から大量の水が頭に降り注いでずぶ濡れになるお決まりのギャグで、それを引っ張ると便器に水が流れることはぼくも知っていたが、小学校や大きな町にあるデパートは真鍮のコックを引くと水が流れるのもので、鎖を引っ張るのはここ以外では目にしたことがなかった。ぼくは個室に入りドアを閉めた。閉めた途端、個室は思ったより薄暗くなった。まず、ぼくはドアのカギをかけようとした。ドアのカギは缶切りのような丸い取っ手を右に引くと、金属の棒が穴に入るものだったが、さびついているのか、ぼくの手の力に余るものなのか、ほんの先っぽしか入らなくてよくかかっていない感じだった。でも手を放してもドアは開かなかったので、まあいいやと姿勢を変えて便器をまたいでしゃがんだ。


しゃがむ途中、目の前のコンクリートが打ちっぱなしの壁や脇の木製のドアにぼくはいろいろなものを見た。  
まるで雲のような模様が浮き出たコンクリートの壁。
誰かが書いたのを消したけど完全に落書きの跡、
石灰のようなものを詰めた壁に入った亀裂。
どうやって何をぬぐって付いたか分からないけど、うっすらと残っている人間の指でぬぐったような跡。
毛筆で「終わったら水を流して下さい、備え付けの紙以外は使わないで下さい」と書いてある、ところどころ剥げて錆が出たホウロウ引きの板。

それらは今はいないけど、たぶんぼくが生まれるずっと前からここで用を足してきた見知らぬたくさんの人がその場に残していった痕跡だった。
ここはトイレの個室の中で本当は今ぼく一人だけなのに、目の前の打ちっぱなしのコンクリートの壁や木製のドアに残された痕跡は見知らぬ人たちが便器にしゃがんでいるぼくを見下ろしている気配を感じた。

そして、みんなぼくをこのまま閉じ込めようとしているように思えた。その怖さは図書閲覧室の大人向けの本が置かれている書架に囲まれ見下ろされているあの感覚とどこか似ていた。でも、図書閲覧室は司書の人がついてくるからいいけど、トイレの個室の中はたった一人だった。また図書閲覧室の中は立って歩いているけど、今はしゃがんでいるから目の前の壁や脇のドアは余計高くぼくを見下ろしている感じが強かった。そんな知らない人のたちの前で、ぼくは小さな子どもで、しかも下半身が丸裸という一番無力な姿をしていた。この格好で逃げ回ることもできないし、仮におちんちんをつかまれたら痛くてどうしようもない。ぼくの目のすぐ下にあるおちんちんも怖さのあまり壁に向かってうなだれているかのようだった。

でも、その後にもっと怖いことが起きた。しゃがみ終わっておしりの穴を開こうと思っいかけたときにドアがギイーッという音を立てて少しだけど開いた。ぼくは本当にびっくりしておしりの穴を閉めて、誰かが開けたのかと思い、立ち上がりドアの外をのぞいてみた。でも、外には誰もいなかった。すのこに脱いだパンツもズボンもそのままだった。単にカギのかかりが悪かっただけみたいだった。

それから、ぼくはしばらくカギをかけようとカチャカチャやってみたがうまくかからなかった。このかからない時間はものすごく長いような気がした。かからないでイライラしていると余計うんこはおしりの穴の出口まで迫ってくる感じがした。もう、このままだとカチャカチャやっている最中にぼくのおしりはうんこを噴出してしまいそうだった。
 ぼくはカギのことはもうあきらめて、再び便器をまたいでしゃがんだ。その途端にまたギィーッという音がして半分くらいドアが開いた。それと同時にドアの外からは日差しが差し込んできて個室の中も明るくなった、学校からのまだ続いていた体育の授業の声もきこえてきた。ぼくは、恥ずかしいけど少し空いていたほうがなんか安心してうんこできるような気がした。

ぼくは家のトイレでもドアを閉め切るのが苦手だった。幼稚園児の頃はいつも全開でしていたけど、小2の今も留守番で家に誰もいないときは、ドアを開けてしたほうが安心してうんこできた。だから、ぼくはドアが半分開いたまま息を殺して思いっきりうんといきんだ。それまでセミの声だけだったこの個室にぼくのいきむ声が響いた。そしてぶっとおならが出て、うんこが出始めた。


でも、うんこはすぐ終わらなかった。昨日は一日うんこしなかったから一昨日の夜からずっと溜まっていただけあって、おなかにいくら力を入れてもおしりの穴が広がったままそこを硬いものが通り過ぎていく感覚がいつまでも続いた、このままだと、いくら真昼中の誰もいない市立図書館のトイレでも、ドアが半分開いているから、誰かがここに来るとうんこ中のぼくが見られてしまう・・・。かといって、手を伸ばして閉めることできなかった。ぼくはそんなおなかの中のうんこを少しでも早く押し出すために抱えていた膝と足に目いっぱい力をかけて「うん」「うん」といきんだ。

 でも履いていた突っ掛けサンダルは足にかけた力を受けるには不安定で、履いていた靴下もすべるのでつま先に力が集中したまま、時々少し姿勢が崩れて足元が動き突っ掛けサンダルがカチャッという音を立てた。
出てきたうんこから漂ってくるニオイもおとといからたまっていたものだけあってすごかった。半分ドアが開いていたから、個室だけでなく男子トイレ全体ににおいがひろがっていそうだった。水洗トイレはうちの汲み取り便所のようにふだんは臭くないけど、自分でするときはすぐ近くからにおってくるので臭さは汲み取りトイレ以上だということがよくわかった。それに加えて市立図書館のトイレは冷房も換気扇もなく、すりガラスの窓を通して夏の午後の太陽が差し込んでいたので、ただでさえ暑苦しいのに朝からたまっていたうんこのニオイですごく息苦して呼吸するのも苦痛なくらいだった。
窓の外から直接聞こえてくる蝉の声はそんな息苦しさをさらに暑苦いものにしていた
 それで、いきむたび口から漏れていたぼくの「うん」「うん」も、だんだん酸素不足の水槽の金魚のように口をのどの奥から開けて、あえぐように呼吸する「ああ」「ああ」に変わった。そういう呼吸の方がいきむ時に手や足に力が入るような気がした。

そのとき本当に気持ち悪かったのは全身から吹き出してくる汗だった。うんこをいきむのと暑さと校庭を走った時の汗でぼくの全身は走ったあとと同じくらい汗が出ていて。上半身の服は汗でびっしょりと濡れていた。汗はいくらぼくが手の甲で拭っても「ああ」「ああ」とあえぐたびにぼくのひたいや頬からしずくになってぼくの胸でゆれる名札や裸になった膝の上に落ちた。下半身のほうも汗でなんかむず痒くて、うんこが出ているおしりをぼりぼりと何べんもかいてしまった。そしてぼくはいつまでもうんこが終わらないので便器のまたの間のおちんちんの下をのぞいてみた。すると、ちょうど茶色い長細い物体が後ろの方からぼくのおちんちんの下まで生き物のようににゅっと伸びてきたのが見えた。
そのとき、ぼくのおちんちんは少しかたくなっていてまっすぐだったので、まるでそれはぼくのおちんちんと仲良しみたいだった。

そしておしりの穴にやっとうんこが切れそうな感じがしたのでぼくはおしりの穴をすぼめた。不意にぼくの口からあっという大きな声が漏れて、うしろにぽちゃんという音が聞こえた。やっとうんこが終わった。

ぼくはトイレットペーパをちぎるため少し立ち上がった。便器の底を見ると、びっくりするほど長いものが一本出ていた。金隠しの下の水がたまるところの直前から一番後ろまで伸びていて、便器のうしろの方で曲がり「し」の字を描いていた。「し」の曲がる部分はよく見るとトウモロコシの粒がそのまま出ていた。それは昨日ぼくの「山のおじいさん」が持ってきてくれたトウモロコシだった。

だれもこないうちに終わってよかった。もうぼくはおしりを拭くだけだった。ぼくはトイレットペーパをちぎると、ふたたびしゃがみ直しておしりを拭いた。拭いているとき、吹いたペーパーが刺激したせいか、おしりの穴の近くになんかたまってきたようなむずむずした熱い感じがしてきた。おなかもまた急に痛くなってきた。今度はさっき2本も飲んだ牛乳の分みたいだった。おまけにおしっこまでしたくなってきた。早く済ませてしまおうと思ったとき廊下からパタパタと誰かがトイレに向かって急ぎ足で歩いてくる音がした。ぼくみたいに走ってはいないけど、相当あわてている感じだった。

このままだ見られてしまう。うんこはこれでやめて、すのこ上のズボンとパンツをはいてトイレを出てしまおう。うんこだったら家でもできるし・・・でも、それは無理だった。今立ち上がったら、出てしまいそうだった。ぼくは最後の力を振り絞って、おしりの穴に押し寄せてくるうんこをガマンしながら、お願い、女子トイレの方に行って、とぼくは祈るだけだった。でも、それは通じなかった、このトイレの戸がガラガラと開く音がして、あっという間に便所下駄に履き替えると、カツカツという便所下駄の歯がコンクリートの地面に当たる音がぼくの入っている方に向かってきた。後ろのほうの個室のドアが閉まっていたのに対して、こちらのドアは半分開いていたから、個室が確実に空いていると思ったんだろうな。でも、そのときのぼくの頭はパニックになり、ただ出てきたがっているうんこを押しとどめることしかできなかった。

やがてギィーという音がしてドアの方を振り向くと、見知らぬワイシャツに黒いズボンの高校生のおにいさんが立っていて、しゃがんでいるぼくと目が合った。たぶん学習室で勉強しているおにいさんだろう。おにいさんはトイレのドアが開いていたのにその中にぼくがいたことによほどびっくりした顔をしたような顔をしていて、時間が止まったようにそのまま無言だった。ぼくも、瞬間、おしりが限界に達して、結局おにいさんの目の前で「ぶぶぶぶっ」とおならの音混じりの柔らかいうんこをたくさん出してしまった。いっしょにおしっこも出た。ぼくは恥ずかしさのあまり思わず目をふせて「見ないで・・・」と言ってしまった。やがておにいさんは気を取り戻したようで「あっ!ゴメン」と言い残して後ろの個室に駆け込んでいった。すぐに大慌てで服を脱ぐ音が聞こえ、その後はげしい下痢の出てくる音が聞こえた、おにいさんさんもお腹なんか壊してぎりぎりだったのだろう。

 ぼくは大急ぎで個室を出て、足場に脱いだものをはいて、トイレから出た。頭がパニックになっていたからよく覚えていないけど、もしかするとおしりもふかなかったし水も流さなかったかもしれない・・・。そして玄関に戻るために廊下を走っていく最中、うんこが見知らぬお兄さんに見られたことが恥ずかしくて仕方がなかった。ぼくはお兄さんと顔を合わせないために、結局持ってきた「宇宙旅行のひみつ」を返さずにそのまま家へ帰った。