保健係の千枝子ちゃん


 

「これから衛生検査を行います。まず、ポケットの中のハンカチとちり紙を机の上に置いてください。保健係は検査をお願いします。ちょっと先生は教務室に用があるからその間お願いね」佐藤先生は朝礼が終わるとそう言いました。

このクラスの保健係のリーダーの千枝子ちゃんは「はい」としぶしぶ立ち上がりました。

  千枝子ちゃんの通っている穴実市立穴実第二小学校では新学期が始まってから毎週水曜日に衛生検査を行うことになっていました。

 

 衛生検査の内容は「つめを切ってきた」とか「朝ごはんを食べてきた」とか「昨日学校から帰ってきて家でうがいをした」とか、養護の先生が毎月ガリ版を切って作る「穴実第二小保健だより」にのっている「今月の目標」によってその月ごとに変わりますが、ハンカチとちり紙をもってきたかと、朝、登校前に家でうんちしてきたかのチェックは毎回必ず重点的に行われていました。

 

 ちり紙を毎回チェックしていたのは「朝、登校前に家で大便をすませてくること」とともに「登校のときはハンカチとちり紙を家から持ってくること」と「穴実第二小のきまり」の一つに入っていたためです。特にちり紙は本当に持ってこないと困ることになります。穴実第二小は古い木造の校舎で、お便所も古い汲み取りの和式だったので、今では当たり前の備え付けのロール状のトイレットペーパーは先生方だけが使う教務室の前の職員便所以外には置いてありませんでした。それでも女子はおしっこをしたあと必ずちり紙を使うので、低学年でもなけれ家からちり紙を学校にきちんと持ってくる習慣が身についていて何ともなかったのですが、問題なのは、そういう習慣がない男子です。

 

 ちり紙の本来の使い方からすれば、答案用紙で鼻をかんでそこらへんに捨てておく子とか服の袖でかむ不潔な子がいたりして、それだけでもちり紙を持ってこないのは困りものでしたが、一番困るのは学校でうんちしたくなった時です。

 当然のことですが、うんちを済ませたあとおしりをふくことができないので、忘れた男子は学校のオンナベンジョ(男子は大便所のことをこう呼んでいました)ではうんちできません。

 また持ってきていても、穴実第二小のきまりで必ず登校前に家でうんちは済ませてくることになっていたので、うんちするのはなによりも恥ずかしいことでした。しかもお便所自体も暗くて古くて汚かったこともあったので(穴実第二小の校区では当時まだ下水道がなくてほとんどの家が汲み取り式の和式でしたが)もし学校でうんちしたくなっても家までガマンするのは男子にとって当たり前でした。

 

 でも、いくら男子でも毎度家までガマンできるとは限りません。授業中うんちしたくなってもちり紙を持ってくるのを忘れたのでお便所に行けないで座席に座ったままおもらしとか、休み時間までガマンできてお便所に行くことができても、大便所の戸の前でちり紙を忘れたことに気付いてどうしていいか迷っているうちに、その場でおもらしとかいうような「うんこもらし事件」が男子によく起こりました。

 

 また、おもらししなくても、ちり紙の代わりにこっそり靴下やテレビまんがの絵が入ったハンカチでおしりをふいたのを便槽の中に捨てて、汲み取りに来たバキュームカーのホースを詰まらせたとか、おしりを手でぬぐって大便所の壁にこすりつけたとか、そのままパンツをはいて汚してしまったとか、ちり紙を忘れて学校でうんちする男子がいろいろな事件が起こしたので先生方も何回か職員会議で対策を検討しました。

 

 最初は「ちり紙を忘れてうんちしたくなったら先生にもらいに来るように」と先生たちが呼びかけてみたのですが、実際に忘れた子が「先生、紙を下さい」「うんちか?」「はい・・・」というのを聞くと、決まって周りの子が「やぁい、ベンジョ紙もらってこれからオンナベンジョに行くんだろう!」と一斉に冷やかすので、やがて誰ももらわなくなりました。それどころかちり紙をただ持ってきているだけで「お前これからウンコだろう」とからかうのが学校中の男子で流行しました。そんなことがあっために、それからかえってちり紙を持ってくる子は減り、うんちをもらす子や紙の代わりにハンカチや靴下でおしりをふいて便槽に捨てる子が増えてしまいました。

 

 それは先生方のあいだでも問題になって児童便所も校舎全体が水洗化されている隣の穴実小のようにすべてトイレットペーパーを備え付けるという提案が出また、一度それに決まりかけたのですが、予算の関係と「本来ならば健康のためにも用便は朝の登校前に家で済ませるべきだし、児童に家からちり紙をきちんと持ってこさせることも教育」との教頭先生の一言でこれまで通り紙を置かないことになり、代わりに週一度の衛生検査でちり紙を持ってきているかどうか厳しくチェックすることが決まってしまいました。
 保健係の千枝子ちゃんは毎週水曜日になるとこの衛生検査のことで朝からユーウツでした。登校中、今日衛生検査があるなと考えただけでお腹の弱い千枝子ちゃんは急にお腹が痛くなり、学校に着くとすぐにお便所に駆け込んだほどです。

 といっても、もちろん千枝子ちゃんがその日ハンカチとちり紙を忘れてきたわけではありません。彼女と同じ5班にこの検査のときに一度もちり紙だけ机の上に置いたことのない、けんいち君という男の子がいたからです。


 衛生検査の結果は、各回、班ごとに教室のうしろに貼らた大きな表に記されることになっていました。班の全員がすべての検査項目について合格すれば班のところに○が書き込まれて「○班」(まるはん)になるのですが、班の中で一人でも一項目でも抜けがあると共同責任で×が書き込まれる「×班」(ばつはん)になってしまいました。

 しかも、この表はただ○×だけで終わりでなくて、○が2つ以上連続すれば3回目以降には○の代わりにごほうびとして銀のシールが貼られ「銀の班」に、銀のシールが2つ以上連続すれば、銀のシールを卒業して金のシールが表に貼られる「金の班」になることになっていました。一学期ももう終わりに近いこともあって、女子は白いちり紙どころか香水入りのちり紙まできちんと折りたたんで持ってくる子がいる一方で男子は灰色のちり紙を丸めてきただけしまいという違いはあるものの、多くの班は「○班」を卒業して「銀の班」になっていきました。それどころか「金の班」さえももう珍しくないのに、千枝子ちゃんの5班はけんいち君のせいで、4月からずっと「×班」のままで、時々、佐藤先生が5班のことを「×班の5班さん」というイヤミな言い方で呼びました。

 といっても「×班」たからといって、それ以上の罰則があったわけではありませんが、保健係のリーダーという先生に代わってクラス全体の検査をやらなければならない立場の自分がいる班に、金や銀のシールどころか、まだ一つも○がないというのが千枝子ちゃんはとても恥ずかしかったのです。
 でも、千枝子ちゃんはけんいち君が苦手でした。実は、けんいち君の家が魚屋だったのもその理由の一つでした。千枝子ちゃんは幼稚園の年中組のころ魚が原因の激しい食中毒になり二ヶ月間入院したのです。それ以来お腹が弱くなり、何かにつけてお腹をこわすようになりました。そのせいか同じ年頃の女の子とくらべても背が低く、クラスで一番のチビでした。そんなことがあって、魚に関するものは一切苦手でした。

 でも、それ以上に千枝子ちゃんが彼が苦手だったのはチェックに行くと必ず意地悪なことや嫌味を言うのです。けんいち君は活発で運動が得意で、遊びでは男子の中心にいつもいるような子でした。でも、女子から見たけんいち君は乱暴者でよく女子をからかったり意地悪する困った子だったのです。


 だから、今回こそ、けんいち君のところにちり紙があってほしい、と祈るような気持ちで、千枝子ちゃんはけんいち君の席に行きました。でも、机の上にはハンカチとちり紙は置いてなく、けんいち君は腕を組んでふんぞり返って椅子に座り、そばに来た千枝子ちゃんを無視していました。千枝子ちゃんはそんなけんいち君をイヤだなと思いながら、これも保険係の仕事だと思い切って口を開きました。
「けんいち君!また、ハンカチとちり紙・・・どうしてもってこなかったの?」

けんいち君はやっと千枝子ちゃんを振り向くと
「ゴリブーのせいだよ。ゴリブーがブスだから持ってこなかったんだよ、やーい、ゴリブーのぶ~す、ぶ~す!」

と千枝子ちゃんをはやし立てました。
「ゴリブー」というのは「ゴリラのブス」の略で、以前からけんいち君が千枝子ちゃんに勝手につけていたあだ名です。「ブス」の方は好み人それぞれでたまにそう見る人もいるかもしれないということで自分で納得できないこともないですが、なぜそれに「ゴリラ」がつくのは、あまりにも納得できないので言われるたびに千枝子ちゃんは手洗い場の鏡をついのぞき込んでしまうのですが、いつものおさげの丸い顔に大きい目に丸い鼻が映るだけで、どこが「ゴリラ」なのかわかりませんでした。

 けんいち君は、千枝子ちゃん以外にも「おまえはイソワカメだ」とか「おまえはカオゲーだ」という調子で意味不明だけど語感がひどいあだ名を女子に勝手につけてからかういたずらをしていたので、女子には嫌われていたのです。しかも、けんいち君は言い始めるとしばらく一人で盛り上がって「ゴリブー」「ゴリブー」と叫び続けているのがいつものことでした。

 しかも「ゴリブー」コールが始まると男子は「あー始まった」という興味本位でにたなにたしながら、女子は軽蔑の視線というもので、一斉に千枝子ちゃんとけんいち君の方を振り返ります。
千枝子ちゃんは、いくら元がけんいち君でもそういうクラスの子たちの視線がいたたまれないので、休み時間ならば「けんいち君! わたしゴリブーじゃないもん!」と、売り言葉に買い言葉で、けんいち君に言い返している千枝子ちゃんでしたが、今の千枝子ちゃんはクラスの保健係の仕事をしているので、そういう言葉をぐっと飲み込みました。
「けんいち君、あなた学校でちり紙が必要にならないの? 鼻をかむとか。」
「なんでベンジョ紙いるの? おれ鼻水なんかめったに出ないし」
「けんいち君はお便所でちり紙使わないの?」
「そうか、ゴリブーはオンナだからオンナベンジョでションベンするとき便所紙必要なんだな。でも、おれオトコだから使わないよ。おれ、いつも立ってするよ。それにオンナはオンナベンジョでションベンするときもいつもケツ出してしゃがんでするんだろう、あー恥ずかしい。」
千枝子ちゃんはけんいち君の言いわけにだんだん腹が立ってきたので、少し恥ずかしかったけど思い切って言いました。
「うんちよ! いくら男の子でも学校のお便所でしゃがんでうんちするでしょう。まさか、ちり紙でふかないで家に帰っているじゃないでしょうね?」
「ゴリブーは学校の便所で学校うんこしてるんだ! 汚ねー。恥ずかしー。ゴリブーは学校うんこしたから今からゴリウンコだな。やあいゴリウンコ!ゴリウンコ!」
千枝子ちゃんはけんいち君が自分に勝手に付けられた「ゴリウンコ」というあだ名の余りのサイテーさに言い返すことができませんでした。
しかも、つい、この朝、登校中にお腹が痛くなって学校のお便所でこっそりうんちしてきたばかりなので、このけんいち君がつけたあだ名に顔が真っ青になりました。
「まさか、バレていないよね・・・女の子だし・・・」

 千枝子ちゃんもクラスの男子が他の子に学校のお便所でのうんちがバレるとどういう運命がその子に待っているのかについては知っていました。そしてそれはとても恐ろしいことだったのです。

 

 穴実第二小にはどのクラスの男子にも「うんこ探偵」と呼ばれている特にエッチな男子のグループがいて(千枝子ちゃんのクラスの「うんこ探偵」のリーダーはけんいち君でした)休み時間になると決まって学校のお便所でうんこをする男子がいないか目を光らせていました。

 かつてはちり紙を先生にもらいに行く子が「うんこ探偵」のターゲットになっていましたが、衛生検査の結果、クラスの男子の大半がちり紙を持ってくるようになった今でも、「うんこ探偵」の子たちはあきらめません。

 彼らはクラスの一人ひとりの行動を観察していて、おなかを痛そうに抱えている子とか、遊びに行かずに机に座っておとなしくしている子とか、あるいはおならをよくしている子とか、要するにもうすぐ「学校うんこ」する疑いがある子を彼らは目ざとく見つけます。そんな子が席を立って教室を出ると、「うんこ探偵」の男子たちはこっそり後を付けます。そしてお便所に行き大便所に入るところを確認したら、その中のリーダーに当たる連絡役の一人の子が他の子を監視のためにお便所に残して大急ぎで教室に戻り、クラスの男子に向けてアナウンサーの口調を真似ながら「ピンポンパポーン! 臨時ニュースです! 臨時ニュースです! ○○がオンナベンジョに入りました! これから学校うんこの模様です!」と興奮気味にうれしそうな口調でこれからその子がうんこすることを報告するです。
 この「うんこ探偵」の「ピンポンパポーン!」は進級して今の学期に入った後に限っても千枝子ちゃんは何度か耳にしていますが、千枝子ちゃんをはじめとする女子が「学校でうんちするだけでなんで大騒ぎするの」とこの報告が来ると決まってに無視しますが、男子たちは違います。そのたびに「○○がうんこしているそうだよ、見に行こうぜ!」「行こう!」とぞろぞろとお便所へ向かっていくのです。
 しばらくすると、そのうんこしていた本人の後を「うんこ探偵」がぞろぞろお便所に行った男子たちがついて教室に戻ってきます。そのときの本人の顔は恥ずかしそうに顔を赤らめながら照れ隠しに笑っているのか、うつむいているかほとんど泣きそうになっているのかのどちらかでした。その子がお便所でどういう目にあったのか女子は普通わかりません。ひどい目にあっていることは間違いないなさそうですが、その子は自分の口から決して話しませんでした。先生にも言わないのです。


 でも、千枝子ちゃんは偶然それを知る機会がありました。
 それは先週のある日の昼休みのことでした。千枝子ちゃんは急にお腹が痛くなってうんちがしたくなってお便所に行きました。穴実第二小のお便所の床は廊下より低くなっていてコンクリートが打ちっぱなしになっていました。使う時は入口にある木のすのこの上でズックを脱いで備え付けのサンダルに履き替えることになっていましたが、女子の方は脱いだズックはありませんでした。

 「よかった、お昼休みだから、だれもお便所に入ってないみたい」

 千枝子ちゃんは、うんちしたくなった時は必ず使う薄暗いお便所の一番奥の個室まで行くと、そこに入って戸を閉めました。大便所は床より一段高くなっていましたが、やはりコンクリートが打ちっぱなしになって、和式の便器が埋め込まれていて。足を置く位置と「ここに足をおきましょう」の文字が白いペンキで書かれていました。千枝子ちゃんは便器をまたいでそこに足を置くと、つい足元にある穴をのぞきこんでしまいました。薄暗いお便所のもっと暗い穴の底にはみんながしたうんちやおしっこや落としたちり紙がたまっているのがぼんやり見え、そこからいつもの臭いのする風が吹き上げてきました。そして目を上げるとコンクリートの灰色の打ちっぱなしの壁にボールみたいなレモン色の消臭剤が網ぶくろにはいってぶら下がってキツイ香りを放っていました、それらは千枝子ちゃんも毎日目にしていたり嗅いでいたりする風景ですが、毎日接していてもイヤなものはイヤでした。

 でも、いくらイヤでも仕方ないので、千枝子ちゃんはスカートを上げてパンツを下げるとしゃがんで、まずシャーと音を立てながらその暗い穴の底に向けておしっこをしました。千枝子ちゃんはおしっこをしながらポケットに手を入れてちり紙をもってきたか確認しました。

 「おなか痛い、でもよかった、間に合って。ちり紙は確かに持ってきたし・・・」

 そして、次はうんちです。千枝子ちゃんがうーんといきんでおしりの穴を開こうとしたそのとき、男子便所からドアを激しく叩く音がしました。男子便所と女子便所は木の壁一つ隔てただけのなので向こうの物音をはとてもよく聞こえます。千枝子ちゃんはびっくりしてあわてておしりの穴をしめました。
「開けろよ、よしお、そこでウンコしているのはわかっているんだからな」

「学校のオンナベンジョでうんこするよしおのエッチ!」
 けんいち君の声でした。
「やだよ!けんいち君」
よしお君はかっこよくて勉強もできておとなしい、クラスの中でも女子の中でも人気のある子で、千枝子ちゃんもちょっと好きでした。

 よしお君はその後も必死に叫んだのですが、さらに強くけんいち君はドンドンドンと激しくノックしました。その音は薄暗いお便所全体に響き、男子便所なのにまるで隣の大便所で叩かれているかのように聞こえてきました。お腹の痛みもそのノックの音に合わせるかのようにだんだん強くなり、うんちもだんだんおしりの穴に迫ってきていました。

 でも、それが男子便所からのものと分かっていても、千枝子ちゃんは怖くてうんちできませんでした。今うんちしたら、音が男子便所まで聞こえて、「うんこ探偵」をはじめクラスの男子たちがやってくるかもしれません。そういう不安が現実はありえないことだと頭でわかっていても千枝子ちゃんはどうしてもそれを抑えられなかったのです。

 「おなか痛い、苦しい、うんちしたい、早く行ってよ・・・」

 千枝子ちゃんはは心の中で何度もそうつぶやきました。
 「開けてくれないの? よし、こっちから開けてやるぞ!」
 けんいち君はそう言うと、ドアを押したり引いたりしているらしい音が聞こえ始めました。古い木造建築の校舎の古いお便所なのでその程度でもあくことがあるらしいです。
 「開けないでよ、けんいち君!」
 よしお君はまた必死に叫びましたが、そんなのお構いなしにドアを引いたり開けたりする音が女子便所まで聞こえてきました。
 「うあ!戸が開いたぞ、よしおのケツが見えるぞ」

どうやら戸が開いたようです。同時にその姿に大笑いしている周りの男子たちの声が聞こえました。

 「見ないでよ、お願いだから見ないでよ・・・大きいのが出るから」

 「クラスに行ってみんな呼んで来いよ、そんなもの持っているな、えいっ!」
 「ああっ、ちり紙持って行かないでよ、ちり紙返してよ!」

 よしお君はけんいち君に持っていたちり紙を取り上げられたようです。千枝子ちゃんもお腹が痛くて仕方がありませんでした、でも今うんこを出したら音が男子便所に聞こえて自分もターゲットになりそうなので必死に我慢していました。

 「ほらほら、ベンジョ紙、便器の底に捨ててしまうぞ、返してほしければ、俺たちの見てる前でウンコしろ」

 「返してよ!返してよ!」

 よしお君はちり紙を取り戻そうとしているのか必死に叫んでいました。
 「ははは、ウンコ! ウンコ! 早く出てこい、よしおのウンコ!」

 他の男子たちもウンココールを始めました。

 「ちり紙返してよ・・・お願いだから返してよ、あっ、もうがまんできない、うう・・」

 「こいつ、とうとうウンコもらしたぜ」
 「おっ出てきたぞ、本当に学校でウンコしている、よしおエッチだな」

 「すげー太いな、きたねー、くせー、ははは」

 背後に他の男子たちの「あははは」というイヤな笑い声も聞こえてきました。

 「えっ!やだ、よしお君、みんなの目の前でうんちしているの」

 思わず、千枝子ちゃんも、あのよしお君がしゃがんでおしり丸出しでうんちしている姿を想像していました。自分もそれに近い姿なのでものごすごく恥ずかしかったですが、なぜかちょっとドキドキしました。

 でも、枝子ちゃんもうんちのガマンが限界に来ていました。

 「私も出そう・・・。」

 しかたなく、千枝子ちゃんはおしりの穴をひらき、ぽとっ、ううんっ、ぽとっと少しずつ少しずつ音がしないように息を殺しながら出していきました。
 「そんなに見ないでよ! お願いだから!」

 聞こえてくるよしお君の声はほとんど泣き声でした。その声を聴いていると、自分も男子たちの前でうんちしているみたいで千枝子ちゃんはしゃがんでいるひざの上に顔を伏せてしまいました。

 「お願い早く終わって、私のうんち・・・」

 でも少しずつ出しているせいか、うんちも終わらず、お腹の痛いのも収まらなかったったのです。

 「ウンコ終わったな、ベンジョ紙渡すからこれで拭け・・・まだウンコ、ケツに付いているよ。」

 「うん・・・」

 うんちが終わったあとのよしお君の返事は、さっきのちり紙を取り戻そうとしているときとは反対にまるで何もかもあきらめたように小声で悲しそうでした。それに対してけんいち君もまるで幼稚園の弟にうんちさせたかのように接していました。

 「よし、ふき終わったら上げるんだ、ほら、パンツとズボン、ベルトをしめて・・・」

 「うん・・・」 

 そして、よしお君とけんいち君をはじめとするクラスの男子たちはお便所を去っていきました。

 男子たちがいなくなると、緊張が解けたのかほっとした千枝子ちゃんのおしりの穴にそれまでたまっていたうんちが一気におしりの穴に押し寄せてきました。千枝子ちゃんも誰もいなくなったことを幸いに派手な音がするのをかまわずにうん!と思いっきりいきんでおしりの穴を開きました。ものすごく派手な音がしましたがすっきりして、お腹の痛いのも収まりました。でも、なんか自分がものすごく恥ずかしい目にあわされたようなイヤな気分が残りました。千枝子ちゃんはおしりを持ってきたちり紙でふいて、便器の穴に落すと、スカートとパンツを元に戻して教室に戻りました

 でも、千枝子ちゃんが教室に戻ると、「うんこ探偵」のグループをはじめ、クラスの男子たちが、椅子に座ったよしお君を取り囲んでいました。かわいそうなよしお君は泣きそうな顔で下を向いていました。このクラスの男子の学校のお便所でうんちした子に対する仕打ちはお便所だけで終わらず、教室に着くとその子にはいつもの「学校うんこインタビュータイム」が待っているのです。
 「学校うんこインタービュータイム」はお便所にはいっしょに行かなかった子も含むクラスの男子一同に囲まれて「大きいのいっぱい出た?」とか「ケツ、ちゃんと拭いた?」と「いつからウンコしたくなった」と「学校でウンコするの恥ずかしくなかった?」とか、うんちしたときの様子を遠慮なく根掘り葉掘りしつこく聞かれるもので、それは次の授業の開始チャイムまで続くのが恒例でした。そのとき質問のために手を上げる子を指名する進行役を務めるのもたいていけんいち君をはじめとする「うんこ探偵」の子たちでした。
 そういう男子たちの遠慮のない質問に対して、泣きながら一言も答えられない子もいました。よしお君の場合もそうで、結局その場で泣き出してしまい一言も答えられなかったのですが。そういう子に対しては男子たちは「お前汚いな、学校ウンコしたんだろう!」というヤジが飛びました。

 でも、その一方で、最初は恥ずかしそうにぼそっと答えていても、だんだん調子に乗ってきて「ぶりぶりぶりっ!とすごい音がしていっぱいウンコが出たよ。いくら拭いても拭いてもウンコがもうべっとりとついてきて、うちから持ってきたベンジョ紙が足らなくなって・・・」と聞くだけで、その日の給食がカレーシチューだったら絶対食べられなくなりそうなくらいうんちの一部始終を嬉しそうに興奮気味に詳しく説明してくれる子もよくいたのです。そんな汚い話を聞かされる女子の不愉快な顔をよそに、男子たちは大盛り上りの爆笑大会でした。

 千枝子ちゃんは最初は泣き出す方の子がかわいそうだなと思っていましたが、最近はあまり同情しなくなりました。そういう泣いていた子ほど、例のピンポンパポーンが聞こえると真っ先にお便所に走ったり、インタビュータイムで熱心に質問することがわかってきたからです。

 よしお君もその後あった他の子の「学校うんこインタビュータイム」で「ねえねえ、どれくらいの大きさだった? 色はどんなの?」と他の子に増して熱心にインタビューしたので千枝子ちゃんはゲンメツしました。


 千枝子ちゃんはそんな自分たちのクラスの友だちのうんちで盛り上がる男子の気持ちが理解できませんでした。
 友だちの中には学校で絶対うんちしないという子もいましたが、千枝子ちゃんはなるべく登校前に家でうんちしてくるなど学校でしないように努力しているものの、おなかが弱くてよく壊すので、どうしてもしたくなったら学校ですることにしていました。
 それに、うんちは食べ物を消化したかすで、おなかの中にためておくと体に良くないからです。
 といっても、千枝子ちゃんもやはり学校うんこは恥ずかしかったので、お便所に誰もいないときを狙って一番入口から遠い個室に入るとか、誰かが入っていたら一つ間を開けてするとかいうようなバレない努力はしていました。
 逆に見るからにおなかの痛そうな子が先に入ってきても最低一つ間を開けて入り、おしっこしている時に前の方に入った子がうんちを始めたら音はできるだけ聞かないようようにして早く出るようにしました。
 千枝子ちゃんは自分がうんちしていることも知られたくありませんでしたし、ほかの子がうんちしていることも知りたくありませんでした。だからほかの子のうんちに興味津々の男子が理解できなかったのです。
 そんな細心の注意を払っても、かなり臭いうんちをして出たあと、ドアの外にクラスの友だちが待っていたことはありました。
 でも、そんなときでも動揺しないで「ゴメン、臭いかも」と一言いえば「いいよ、いいよ」と許してくれました。男子のようにうんちをして個室を出てきたからといってからかわれるはありませんでした。
 こういうときお腹の弱い千枝子ちゃんは本当に女の子に生まれてきてよかったなと思いました。
 ただ、恥ずかしさのあまり顔を伏せて無言で走って逃げるようなことをしたら「何なのよあの子、かわいい顔してうんち臭いのよ!」とカゲクチを叩かれることがあるのが女の子の怖いところですが。

だから、千枝子ちゃんはこの衛生検査の朝に学校のお便所でうんちしてきたのが男子にバレるのだけはまずい、ひょっとしたら女の子なのにインタビュータイムなの・・・と思ったのですが、さっきからけんいち君は「ゴリウンコ! ゴリウンコ!」と一人興奮気味に叫んでいるだけで「うんこ探偵」をはじめとする男子たちはそれ以上聞いてくることはありません。よかった、と千枝子ちゃんは思いました、現実には女子便所で個室が閉まっているからといっていくらエッチな「うんこ探偵」もチェックなどするはずがないのですから。
「こらっ、やめなさい!」
教務室から佐藤先生がもどってきました。佐藤先生はけんいち君の机を見ると
「けんいち君、またちり紙持ってこなかったの! 
 連絡帳にもあれほどちり紙を持ってくるように書いたのに?
 持って来ないと困るのは、あなた自身よ!学校でうんちしたくなったらちり紙がないと困るでしょ!
 ちり紙がないからといって、ハンカチや靴下で拭いて、そのまま便槽に捨てる子がいると汲み取り業者さんが困っていたわよ。」
 そういう先生の注意に対して、けんいち君はボソッとつぶやきました。
「学校のオンナベンジョでなんか、オレ、クソしない」
「けんいち君、うんちなんか誰でもするものに決まっているでしょう! しばらく廊下に立って反省しなさい!」
 結局、けんいち君はしばらく廊下に立つことになりました。

 実はけんいち君は、朝、家を出るときも佐藤先生とおなじようなお小言をお母さんにもらいました。

 けんいち君の家は前に書いたように魚屋を営んでいるのですが、その日が魚市場の休日でお店も休みだったので、うっかりお母さんが寝過ごしたこともあって、寝坊して遅刻気味で、ご飯もろくろく食べず、いつもの朝うんちもしないで大あわてで家を出ることになったのです。そんなけんいち君に向かってお母さんは「けんいち、また、ちり紙を持っていかないの! ちり紙を持っていかないと、学校でうんこしたくなったとき困るでしょ!」と叫びました。しかし、けんいち君はそんなお母さんを無視して、一目散に集団登校の集合場所に向かって駆けていきました。

けんいち君は、どうしてもお母さんに持たされた時はしぶしぶ持っていきましたが、そうでない限り、ちり紙を学校に持って行くことがイヤでした。特に衛生検査がある水曜日はイヤだったのです。

確かにちり紙は鼻をかむのにも使いますが、けんいち君には何よりもベンジョ紙、つまりうんちしたあとおしりを拭くための紙なのです。家を出るときにお母さんに渡された折りたたまれたちり紙を見るたびに、学校のオンナベンジョにしゃがんで自分一枚一枚折りたまれたちり紙を開いてはおしりを拭く光景がけんいち君には目に浮かぶのです。それを持ってきたのを学校に持ってくるだけでみんなの前で「ぼくは学校でウンコします」と宣言しているのようなものでした。ましてや衛生検査のためにハンカチをちり紙を机の上に置くなどということは、みんなの目の前で机の上に上がってうんちしておしりを拭いているのを見られれるのも同然だったのです。

これは入学以来、学校のオンナベンジョに一度も入ったことがないことが自慢のけんいち君のプライドを傷つけるものでした。

特に1、2年生のあいだはけんいち君は学校のでうんちしたくなったことは一度もなく、その頃は絶対しない自信もありました。それは。朝、登校するときは必ず朝うんちしてから家を出るためです。体調がいつもと違ってうんちが固くてなかなか出ない日でも、学校でうんちしなくて済むように、家を出る時間まで必死になってけんいち君はがんばって出していました。一度、けんいち君がお便所の中でいきんでいる最中にとうとういつもの集団登校の迎えの上級生の子が呼びに来てしまったので、あわてて下につけているものを全部脱いだお便所に入ったときそのままのふりちんの恰好でランドセルを背負い交通安全の帽子をかぶって出てしまいその子に笑われたことさえあったのです。

他の同じクラスの男子も、みんな朝うんちしてくるためか、めったに学校のお便所でうんちする子はいなかったのですが、たまにお腹の調子が悪くて学校でうんちする子を見つけると、学校で自分やほかのクラスの子と比べて一人だけすごくエッチで汚いことをしているように思えて、けんいち君はほかの「うんこ探偵」の仲間と率先してからかいました。

 

しかし、そんなけんいち君でも、この春に3年生に進級すると、授業時間が増えたこともあって、朝寝坊して朝うんちできなかったときや、家で朝うんちしてきてもお腹の調子で授業中にうんちしたくなったことが何度かありました。そんなとき、けんいち君はつい気になってそっと周りの子の椅子に腰掛けているおしりの部分を見回します。みんなは教科書を読んだり字を書いたりしながら椅子に座って先生の話を聞いているのに、けんいち君のうんちはその同じ椅子とズボンとパンツをはさんでもうすぐそばのところまで来ているのです。しかもうんちはおしりの穴を必死に押していて、今にも「うんこもらし事件」になりそうになっていました。けんいち君は椅子の上の自分のうんちを想像すると恥ずかしさのあまり目を思わず伏せてしまうのでした。

でも、もう一方でけんいち君は1、2年生の頃は「うんこ探偵」の仲間ともバカにしてきた学校でうんちしたくなった子と同じように休み時間にこっそりお便所に行く自分の姿も頭には浮かぶのです。実際それを実行すれば「うんこもらし事件」にもならずにラクになることはけんいち君もわかっていました。

でも、けんいち君にはお便所に行けない理由がありました。

けんいち君は、家でうんちするときは必ずお便所の外でパンツやズボンを全部に脱いでから入ります。でも、学校がするときはお便所以外ではおしりを出したりふりちんになってはいけないので、お便所の中で膝まで半分下してうんちしなければならなかったのですが、けんいち君はそれができなかったのです。

あと、ちり紙も当然持ってきていませんでした。ちり紙は教員室に行って佐藤先生にもらうという手もありますが、問題はいつもの「うんこ探偵」の仲間たちです。彼らは必ず佐藤先生からちり紙はもらっているところを見つけますし、見つかったら速攻でうんこ判定です、うんこ判定の後の自分の運命については容易に想像がつきました。早い話が自分がやってきたことがそっくりそのままに自分の身に降りかかってくるのです。

オンナベンジョに入ったところで他の子が「ピンポンパポーン! 臨時ニュースです! 臨時ニュースです! けんいちがオンナベンジョに入りました」と叫びながら教室に駆け込んでクラスの男子たちを呼んできて戸をむりやり開けられ、お便所に集まったみんなの目の前でうんちすることになるのです。さらにうんちが終わった後も教室でチャイムが鳴るまで恒例のインタビュータイムが待っています。

そんなことを考えはじめると、とても恐ろしくてけんいち君は学校のお便所でうんちできませんでした。それで仕方なく必死にぎゅっとおしりの穴を閉めました。そうするとうんちは一度は引っ込み、再び安心してけんいち君は他のクラスの子と同じように先生のお話に耳を傾けることができました、しばらくするとうんちはまたおしりの穴に押し寄せてきます。こんなふうに授業もそっちのけで終業時までけんいち君はうんちが出てくるのを必死に抑えていました。でも、どんなに閉めてもおなかの中のうんちは必ず再び迫ってきました。それどころか閉めるたびに再びうんちがおしりの穴に迫ってくるまでの時間の間隔は確実に短くなっていくことがけんいち君にはわかりました。

それでもけんいち君の場合、終業の挨拶を終えると何とか家まで走って帰ってなんとか間に合っていました。それでも家に着くともうぎりぎりで「ただいま」と言うと、大慌てでランドセルもズボンもパンツも玄関で脱いで大慌てで家の奥のお便所に駆け込んでいくのです。そんなふりちんのおしり丸出しで走って行く姿を見るたびにけんいち君のお母さんは

「そんなになるまでガマンして帰ってくる前に、どうして学校でうんこしてこなかったの! 下校途中でうんこもらしたら大変でしょう! ああ、きっとちり紙持って行かなかったからだよね・・・」

「どうして全部脱がないとうんこできないの! もう三年生だからズボンとパンツを膝まで下せばできるでしょ!」

といつも小言をいいます。

でも、けんいち君はとってはできないものはできなかったのです。

 

それでも、けんいち君は学校でうんこしているほかのクラスの男子を見つけると容赦しませんでした。

先生からちり紙を借りたり小さなおならを何度もしていたりと、教室でもうすぐうんこしそうな様子を見せていた子がお便所に向かっていくのを見つけると、「うんこ探偵」の仲間たちとといっしょに後をつけます。そしてその子が本当に小の方じゃなくてオンナベンジョの方に入ってこっそり戸を閉めるのを見ると、それから戸の向こうでズボンとパンツを下ろしてしゃがんでいる姿やその後うんちがおしりの穴からでてくる感じを想像してしまうのです。自分の毎日の家でのうんちでも何だかエッチで恥ずかしいのに、その戸の向こうの子が恥ずかしい思いをしかも学校でしていると思うと、けんいち君はすごく胸がドキドキしてきてコーフンしました。コーフンのあまりおちんちんが少しかたくなるほどです。そしてその子にもっと恥ずかしい思いをさせてやりたい、という気持ちが沸き上がってくるのをけんいち君は抑えきれなかったのです。
この間のよしお君の「学校うんこ」のときもそうでした。けんいち君はよしお君がオンナベンジョに入ったのを見つけるとその戸を「開けろよ!」とドンドンノックしました。もちろん、よしお君も「開けないでよ!」と叫んで必死に反発するのですが、反発すればするほどその戸を開けてよしお君に恥ずかしい思いをさせたいという衝動にけんいち君は駆られてなお一層ノックするのです。

それから、しばらくして「うんこ探偵」の一人でお便所の戸のカギを外から開けるのがうまい子が遅れてやってきて、いろいろなところをドンドン叩いた果てにとうとう戸を開けてしまいました。

すると便器にしゃがんでいるよしお君の姿がけんいち君を始めとする「うんこ探偵」の目の前に現れたのです。よしお君はうつ向きがちに目を伏せながら「見ないでよ、お願い。見ないでよ、大きいのが出そうから・・・」と必死に言っていました。見るとよしお君の便器の真上のおしりは丸出しこそになっていましたがズボンとパンツは全部脱がず膝まで半分下されていて、きちんと学校でうんちするときの恰好になっていました。そして手の方を見ると、これから使う、家から持ってきた折りたたまれた白いちり紙をしっかりと握りしめていました。よしお君のそんな姿を見て、けんいち君をはじめとする「うんこ探偵」はエッチだなと大笑いしました。

でも、けんいち君はよしお君のようにズボンやパンツを半分下す格好もできないし、家からちり紙も持ってきていないので、学校ではうんちできません。それで自分はいつもガマンして苦しい思いをしているのに、こっそり学校でうんちして気持ちよくなっている、そう思うとけんいち君はよしお君が何だか汚くて身勝手で許せないような気がしてきました。そこでうんちできないようによしお君の手からちり紙をけんいち君は取り上げました。よしお君はもうがまんも限界だったらしく、手を伸ばして「返してよ」と必死にちり紙を取り戻そうとしました。しかし、けんいち君はただの紙切れのちり紙を足元のよしお君がおしり丸出しの姿でそんなふうに取り戻そうとするのが面白くてたまらなくて、渡さないようにしてからかいました。するとよしお君は取り戻すのを諦めたのか膝をかかえ目を伏せたかと思うと、体をふるわせてみんなの目の前でうんちを始めました・・・。

 けんいち君はそのとき学校でうんちしない自分が、学校でしているよしお君に何だか勝ったような気がしました。でも、その一方で自分も学校で我慢できなくなる日がいつかやってきて、こんなふうにうんちすることになってしまうかもしれないという不安がわいてくるのを抑えられませんでした。

 

その不安が現実になったのはちょうど衛生検査があって千枝子ちゃんを「ゴリウンコ」呼ばわりしたその日の給食が終わった後のお昼休みのことでした。

クラスの子たちは男女関係なく昼休みの遊びのために次々とグランドや体育館へと向かって行きます。いつもならば、真っ先にグランドや体育館に向かって走って行くはずのけんいち君が、その日は一人じっと机の上を見つめながら座っていました。クラスの他の男子が「おい、けんいち、早く行こうぜ!」と誘っても「うん、後で行く」となかなか席を立とうとしません。とうとう教室の中の男の子はけんいち君一人だけになりました。あとは千枝子ちゃんを含む一部の女の子たちがおしゃべりしているだけです。

実はそのときけんいち君はうんちがしたくなっていたのです。朝、寝坊してお便所に行く時間もなく、お腹の中にたまったままのうんちがその時動き始めたところだったのです。

それでも午前中は何もなくけんいち君も家でうんちしてこなかったことを忘れていました。しかし、給食の時間、朝食を食べてこなかったのでお腹がすいていて、その日、休んでいた子がいたのを幸いに、牛乳を二本飲みカレーシチューも二杯もおかわりしたときから、けんいち君のお腹はぐるぐるとかなり急に動き出しました。この春3年生になってからもけんいち君は何回か学校でうんちしたくなりましたが、その中でもこのときは今までになかった勢いでうんちがおしりの穴まで迫ってきていたのです。おまけにお腹まで痛くなっていて、もう家まではガマンできるかどうかではなく、この昼休み中に「学校うんこ」するか「うんこもらし事件」になるかのどちらかしかないことは、そのときのけんいち君にもわかっていました。

でも相変わらずちり紙を持ってきていないこと、ズボンとパンツを脱がないとうんちできないこと、そしてお便所に行くと「うんこ探偵」に見つかるかもしれないことといった不安がぐるぐるとけんいち君の頭の中を駆け巡っていて、お便所に席を立つことができませんでした。

 そんなけんいち君の様子に最初に気づいたのは佐藤先生です。佐藤先生は一人座っているけんいち君のところに近づいて言いました。
「あら、けんいち君、昼休みなのに元気がないわね、どうしたの?」
 けんいち君の頭には佐藤先生からちり紙をもらうことが頭に浮かびました。
「あのね、先生・・・ちり紙・・・鼻をかみたい」
「お便所に行きたい」とはけんいち君はとても言えませんでした。
「今、先生もちょっと切らしているから、教室にいる女の子からもらってね」

「それと・・」

「何、けんいち君?」

「お腹が痛い・・・・」

佐藤先生はけんいち君の顔をじっと見ました
「顔色が少し悪いみたいだけど大したことがなさそう。保健室に行って休んできなさい、でも先生はこれから会議があるから、そうね・・・。」
佐藤先生を見回して教室の奥で他の女の子たちとおしゃべりをしている千枝子ちゃんを見つけると、手招きして言いました。
「ちょっと千枝子さん、いいところにいたわ。けんいち君が鼻をかみたいそうだから、ちり紙を分けてあげて。それとけんいち君、お腹も痛いそうよ。でも先生は会議ですぐに職員室に行かなければならないのよ。あなた保健係だから保健室までいっしょについて行ってもらえない?」
「わかりました、先生」
そう言うと佐藤先生は教室を大急ぎで出ていきました。

椅子に座ってうつむいたままのけんいち君が具合がよくなさそうなことは、千枝子ちゃんの目にもはっきりわかりました。朝「ゴリウンコ」のときはあんなに憎らしかったけんいち君ですが、今度はかわいそうになりました。

でも、保健室に行く前にまずちり紙です。朝かなり使ってしまってポケットを見てもちり紙の持ち合わせはほとんどなかったので、千枝子ちゃんは机の中やランドセルの中の余っているちり紙を探しました。

「ちり紙、えーとちり紙は・・・」

 必死でちり紙を探す千枝子ちゃんをわき目に、けんいち君は本当のことを言おうか迷っていました。うんちには鼻をかむだけの分では足りそうもなかったからです。ちり紙のことで朝にケンカしたばかりの千枝子ちゃんにちり紙がなくてお便所に行けないことを打ち明けるの恥ずかしくてしかも悔しかったのですが、クラスの男子と違って千枝子ちゃんならからかわないでまじめに対処してくれるかもしれません。けんいち君は思い切ってうんしたいことを千枝子ちゃんに打ち明けてみようと決意しました。まわりを見回して他の男子がいないことを確認すると、千枝子ちゃんの目をじっと見つめながら、こっそりとささやくように言いました。
「ぼく、ほんとはオンナベンジョに行きたい・・・大きい方がしたいんだ」
「今、お昼休みなんだから、行ってくれば?」
「でも、ちり紙がないんだ・・・」
千枝子ちゃんは衛生検査のことを思い出しました。
「あっ、そうか! だから、持って来ないとダメでしょう! でも、そんなにないよ。そうだ! ちょっと待って。もう少しならがまんできるでしょう」
「うん」
千枝子ちゃんは教室に残っておしゃべりをしていた女の子たちのところに走って行き大声で言いました。
「ねえねえ、けんいち君、大きいほうのお便所に行きたいそうよ。でも、ちり紙を持ってきていないから、一枚ずつでもいいから貸してあげて」
 すると、けんいち君の顔を見て女の子の一人がこういいました。
「他の男子なら、まだちり紙貸していいけど、けんいち君はね・・・」
一人が口火を切ると、その場にいた女の子たちが次々と椅子に座るけんいち君に向かって厳しい言葉を投げつけました。
「わたしも、二年生の時スカートめくられたわ」
「わたしなんか一年生のとき靴隠されたわ」
「わたしなんか遠足に行ったときお便所でのぞかれたわ」
「けんいち君、最低! うんち漏らしちゃえばいいのよ!」
いつもならば、けんいち君は何か憎まれ口を叩いて言い返しますが、そのときはずっと女の子たちをうつむいて聞いていました。
ときどき身をよじらせながら頼むように「おねがい貸してよ、もれそうなんだよ」と小声で言うだけでした。
「まあまあ、私の頼みだと思って今回は貸してあげてよ。けんいち君ももう女子をいじめないと約束する?」と千枝子ちゃんは言いました。
「うん」とけんいち君はいいました、
「明日からハンカチとちり紙をきちんと持ってくる」
「うん」と再びけんいち君は答えました。
すると女の子たちを顔を見合わせて「今回は千枝子ちゃんの頼みだから、貸してあげる」と言って女の子の一人千枝子ちゃんに一枚ちり紙を渡しました。
 続いて「わたしも」「わたしも」と続けて他の女の子たちも一枚ずつ千枝子ちゃんにちり紙を渡しました。たちまち、十分な量のちり紙が集まりました。
「ありがとう、みんな」と千枝子ちゃんは少し微笑んで礼をいいました。
「みんな、ありがとう」とけんいち君も消えそうな声で礼をいいました。千枝子ちゃんはもらったちり紙を折りたたむと、
「これでお便所に行けるよね、早く行ってらっしゃい」と言ってけんいち君にちり紙を手渡しました。
ちり紙を受け取りズボンのポケットにしまうと、突然けんいち君の頭の中が真っ白になりました。そのとき、急におしりの穴をうんちが押したのです。もうけんいち君は「うんこ探偵」のことを構っている余裕もなくなって、今すぐにでもお便所に行かなければならなくなりました。でも、その前にしなければならないことを一つ思い出したのです。

それを思い出したけんいち君は突然ほほが真っ赤になり、涙目でじっと千枝子ちゃんの目を見ました。千枝子ちゃんはそんなけんいち君に「どうしたの、もらしちゃったの」と聞くと、けんいち君は突然泣き出してしまいました、そして「見るな、バカ!」と大声で叫んで目の前の千枝子ちゃんを、いきなり突き飛ばしました。その場で床に倒れた千枝子ちゃんは一瞬何が起こったかわかりませんでした。
しかし起き上がると、泣き顔でけんいち君が自分の机の脇にいて、そこで何かを始めているのが見えました。よく見ると、後ろ向きでけんいち君は大あわてでズボンを脱いでいたのです。どれくらい大あわてだったかというと、ズボンを脱ぐ前にズックを脱ぐのを忘れてズボンにズックがひっかってころんだくらいです。そのころんだ時のズドーンという大きな音は教室中に響き、ちり紙をあげてからそのことを忘れていた他の女の子も一斉にけんいち君に注目しました。

でも、そんな女の子たちの視線を気にすることなくけんいち君は起き上がると、足のズックを大急ぎで脱いだうえでズボンを脱ぎ直してそのまま机に置きました。一瞬けんいち君はうんちする前に体操着に着替えるのかと千枝子ちゃんは思いましたが、それで終わりではありませんでした。けんいち君は次にパンツを足元までおろしました、するとけんいち君のまん真っ白なおしりが現れたのです。それにに気づいた教室の女子は「キャー、エッチ」と叫びました。千枝子ちゃんも一瞬息をのみました。

そのとき「ごめん、脱がないとできない・・・」とけんいち君は申し訳なさそうに言うだけでした。
千枝子ちゃんはけんいち君の行動の意味がすぐわかりました。千枝子ちゃんには一つ下の弟がいて、弟もけんいち君と同じようにズボンもパンツも全部脱がないと家でうんちできなかったのです。けんいち君も学校でそんな姿にはなりたくなかったのですが、うんちがもれそうなけんいち君は普段家でしているように全部脱いでからでないとお便所に行けそうもなかったのです。お便所に着いてから膝まで下してうんちする自信がなかったですし、それにこれ以上ズボンをはいているとじゃまでお便所にたどりつくと前にその中でうんちをしてしまいそうでした。
そして下したパンツを脱いでふりちん姿になったけんいち君はかかとを踏みつけたままズックを履き、おしりもおちんちんも丸出しという格好で教室の戸を乱暴にバシッとという音を立てて開けて、後ろの出口から走って出て行きました。その方向には、一番近い体育館の渡り廊下手前のお便所があったのです。その間も恥ずかしさと悔しさで涙が止まらなかったので、けんいち君の手の甲はずっと目のところにありまし。千枝子ちゃんはふとけんいち君の机を見ると、そこにあった脱がれたままのズボンには、せっかく女の子たちから集めてさっき渡したばかりのちり紙が入ったままになっていました。
「忘れていったのね、大変!」
千枝子ちゃんはちり紙の入ったズボンとパンツを持って、けんいち君のあとを走って追いかけていきました。ちり紙を持って行くのを忘れたというのももちろんですが、帰りもふりちんのまま歩いてくるといういうのはあまりにもかわいそうに思えたからです。

 千枝子ちゃんが渡り廊下の男子用のお便所に行くと、入り口にはもう例の「うんこ探偵」によって「けんいちがふりちんで学校のオンナベンジョにうんこに行った」事件がクラス中に流れていて男子たちが集まっていました。
「ピンポンパポーン! 臨時ニュースです! 臨時ニュースです! けんにちがオンナベンジョに入りました、しかもふりちんです」
「けんいちがうんこするところ見てやろうぜ」
千枝子ちゃんは、そんな男子便所に思い切って入ってこようとするクラスの男子たちを先回りして前に立つと、じっと睨み付けて言いました。
「うんちするところを見るなんて、けんいち君がかわいそうじゃないの! うんちをするのは食べ物を消化したかすを出す、人間にとって大切なことなのよ。汚いことでも恥ずかしいことでもないわ!本当にすると先生に言いつけるわ!」 

普段ならば、男子便所に入った女子は「エッチ!」と冷やかされるところですが、このときは、「千枝子がいうなら仕方ないな・・・。」
というと男子たちは引き上げていきました。
千枝子ちゃんはパンツとズボンとポケットの中のちり紙を届けるために男子便所の奥へ進みました。昼でもでも薄暗いお便所の床はコンクリートのままで、右には小便器が左は大便所が5つ並んでいます。千枝子ちゃんは「けんいち君、どこにいるの? ちり紙忘れてきたでしょう。教室に脱いできたパンツとズボンも持ってきたのよ。いたら返事して。」と大声で叫びました。耳をすますと「うぇーん」と鼻をすすりながら泣いているけんいち君の声が声が聞こえてきました。

その方向を見ると一つだけ戸が少し開いている大便所がありました。もちろんけんいち君はそこにいたのですが、本当にもれる寸前だったのでついカギをかけるのを忘れてしまったのです。しかもしゃがみ終わるのを待たずにうんちが出てしまい便器の後ろのふちを少し汚してしまいました。

「けんいち君、ここにいるの」と千枝子ちゃんは声の聞こえた方の戸をノックしました。「ここ」というけんいち君の声とノックが帰ってきました。
「大丈夫、間に合った?」
「間に合った、でも少し便器汚した。もう少しかかるかもしれない」
「ズボンとパンツもってきたわ、ちり紙も持ってきたから、ちょっとドア開けてくれない」
「うん、でも、絶対中を見ないで」
「見ないわよ」
「絶対だよ、絶対だよ」
するとドアが少し開きました。
 千枝子ちゃんは入り口の方にそっとちり紙を置くと、ドアをしめてあげました。
「ほんとうにありがとう」
「ちり紙忘れたのに気づいたときはどうしようかと思ったでしょ」
「うん、後で洗えばいいから、手で拭くしかないかと思った」
千枝子ちゃんにはまだ、けんいち君の鼻をすする音が聞こえました。
「男の子だから、そんなことでいつまでも泣いているんじゃないの、それと汚したなら、ちり紙で拭いて出てくるのよ」
「うん、わかったよ」
 まだ、けんいち君はしゃがみながら泣いていました。しかし、それは千枝子ちゃんへのありがとうの涙に変わっていたのです。